ケンブリッジ大学ダウニング・コレッジ夏季講座 体験談20
体験談20 2025年度参加 文学部2年 N・Mさん
●渡航前
6月下旬、出発を目前に控えた頃、事前研修が行われた。
この日初めて、留学先で生活を共にする仲間たちと顔を合わせる。会場ではストランドごとに席が決まっており、受講者全員の前で一人ずつ自己紹介を行った。外資系企業への就職を控えて英語力のさらなる向上を目指す4年生や、異国の地で友人をつくりグローバルな視点を養いたいと願う1年生など、さまざまな目的や夢を持つ学生が集っていた。その多様な背景に触れ、このプログラムがいかに幅広い学生を受けいれているかを実感した。
研修後は、配布されたしおりを手に、それぞれが出発準備を進めた。特に準備しておいてよかったと感じたのは、スマートフォンのWi-Fi環境の確保、寮から最寄りのスーパーの位置確認、クレジットカードの手配、現地通貨の両替などである。
また、同じストランドのメンバーで自主的に集まり、親睦を深めたり、不安を共有したりする機会もあり、心強い繋がりが生まれた。
●現地での生活
到着後、案内された部屋は、男子寮・女子寮・共同寮のいずれかに割り振られていた。部屋にはベッド、デスク、チェストが完備され、ゆったりと快適に過ごせる空間だった。ベッドの近くにはコンセントが2つあり、日本から持参した変換プラグを用いれば、充電やドライヤーの使用にも困らなかった。
トイレとバスルーム、洗面台は各フロアに1~2か所あり、共同で使用する。トイレ・バスルーム・洗面台が一緒か別々なのかはフロアによる。私の階ではすべてが一体型で、バスタブはなかったが、シャワーは取り外し可能で、水圧や温度も十分で快適だった。
現地での連絡はすべてメッセージアプリ「WhatsApp」を通して行われた。TAさんと参加者がグループで繋がり、集合時間や翌日のタイムテーブル、放課後のアクティビティ情報が共有される。鍵を部屋に置き忘れ、オートロックのためうっかり外に閉め出されてしまったときも、WhatsAppで連絡するとTAさんがすぐに駆けつけてくれた。ありがたいことに、他にも何か困ったことがあれば、WhatsAppで連絡するといつでも助けてくれた。
食事は平日3食、大学構内のダイニングホールでのビュッフェ形式。窓から光が差し込む荘厳な空間で、サラダやメインディッシュをトレーに取りながら、友人たちと何気ない会話を楽しむ。取り分けてもらうメインは、毎日メニューが変わり、ビーガン向けの料理も用意されているため、食事に困ることはなかった。
ただし、食堂の営業時間が日によって異なるため注意が必要だ。ある日は予定より30分早く開き、その分早く閉まったため、一度、閉店時間を勘違いして夕食を逃したときは、近くのスーパーで買ったサンドイッチをかじりながら、これも留学の思い出だ、と苦笑したのを覚えている。
洗濯は、敷地内の2か所にあるランドリールームで行う。各所に洗濯機と乾燥機が3〜4台ずつあり、使い方も日本と大きく変わらない。誰がいつ置いたかわからない洗剤はあったものの、日本から持参した個包装の液体洗剤が重宝した。加えて、洗濯ネットやピンチ、数本のハンガーを持参していたことで、衣類の管理がスムーズに行えた。
ケンブリッジは北海道よりも高緯度に位置し、夏でも涼しく過ごしやすい。コートを着るほどではないが、日中でも体温調節のために、薄手の長袖ニットやカーディガンを持参して正解だった。また、イギリス特有の変わりやすい天候に備え、折りたたみ傘は常にバッグに入れていた。
部屋に金庫はないため、現金などの貴重品はスーツケースに入れ、鍵をかけて保管していた。街中ではスリ対策として、バッグにストラップを付け、道路側に持たないなど、基本的な防犯意識を徹底していた。
●授業
授業は平日午前9時から午後5時まで行われる。初日に英語のクラス分けテストがあり、短いエッセイ(テーマは「ケンブリッジの最初の印象」)と先生・TAさんとの面接を経て、習熟度別に3クラスに分けられた。面接では、フライトの様子やストランドの志望理由など、軽い会話を通して英語力を測る形式だった。
第1週目は英語の基礎授業として、ケンブリッジという都市について学んだ。
リーディング教材を通じて、ケンブリッジ大学が31のカレッジから成り立つことを知り、卒業生にまつわるクイズで盛り上がった。週の終盤には、個人プレゼンテーションを行う。テーマは「ケンブリッジに関すること」。オックスフォードとのスポーツ大会"オックスブリッジ戦"や、『くまのプーさん』の作者A.A.ミルン、ケンブリッジの教会の建築的特徴など、テーマは多岐にわたった。この経験で身につけたプレゼン力は、口頭で伝わりやすいフレーズや筋道立てた構成力など、後半の週や今後の学びにも活きる貴重な財産となった。
第2・3週目は、各ストランドに分かれ、12人の少人数で専門的な学びに移る。午前は講師による講義、午後はTAさんによるワークショップという構成である。
私のストランド(Contemporary Art)では、「芸術とは何か」という根源的な問いを軸に、作品の社会的影響や、美術館・博物館の保存・展示・教育的役割などを議論した。ワークショップでは、一枚の絵を題材に意見を交わしながら、論理的に構成されたエッセイの書き方を学んだ。また、アートに関する論文を分担して読み、それぞれが担当箇所を要約し、全体として一つの論文を共同で理解するという学びも行った。
授業の一環として、ロンドンのTate ModernやCourtauld Galleryなど、世界有数の美術館を訪れる機会もあった。先生や仲間たちと議論を交わしながら、同じ作品でも見る人によって異なる解釈や感性があることを実感した。特に、美術に詳しい友人が作品の背景や筆致(絵のタッチ)について語る姿に刺激を受け、自分の視野の狭さを痛感すると同時に、新たな興味が芽生えた。
第4週目は、これまでの学びをもとに「SDGsの観点から社会課題にアプローチする」ことをテーマに、最終グループプレゼンに向けてポスターを作成した。
ストランドを越えて互いの成果を共有し合い、さまざまな視点に触れられたことは大きな学びとなった。発表の際には、初週の自分よりも格段に自信をもって英語を話す自分に気づき、4週間の成長を実感した。
最終日には、ドレスやスーツに身を包み、Graduation ceremonyに参加した。
食事の前にはラテン語の挨拶が唱えられ、ケンブリッジに脈々と受け継がれてきた伝統を肌で感じながら、同世代のTAさんたちと語り合い、長いようであっという間だったプログラムの終わりを惜しんだ。
●放課後の過ごし方
授業が終わると、寮の前の広々とした芝生の庭で友人たちと過ごすことが多かった。芝生に置かれたチェア(パドック)に腰掛け、スーパーで買った生ハムをつまみながら語り合ったり、軽いスポーツを楽しんだり。そんな穏やかな時間が、留学生活をより豊かなものにしてくれた。綺麗な夕日や美しい星空などケンブリッジの自然を満喫するのも放課後を充実させる鍵だ。だが、緯度の高いケンブリッジでは日没が遅く、夕焼けが空を染めていると思ったら20時なんていうこともあるため、睡眠不足で体調を崩さないように気をつけていた。
また、TAさんが企画する放課後アクティビティは、どれも印象深かった。
① Punting(パンティング)
ボートに乗ってケム川を下るアクティビティ。漕ぎ手がキングスカレッジや数学橋、ため息橋などの歴史を解説してくれ、肌で感じる風とともにケンブリッジの長い伝統を感じられた。優雅に泳ぐ白鳥の姿が今も目に焼き付いている。
② スコーンパーティー
TAさんが寮でスコーンを振る舞ってくれ、本場のクロテッドクリームとジャムの味を堪能した。
地域によってスコーンの食べ方が異なるという話も興味深く、文化の違いを身近に感じる機会となった。
③ パブ巡り
イギリスの社交場であるパブでは、人々が思い思いに語り合い、笑い声が絶えなかった。特に印象的だったのは、クリックとワトソンがDNAの構造を議論したことで知られる「イーグル」という歴史あるパブ。
300年以上の歴史を誇る店内は、ケンブリッジゆかりの人物の絵画で彩られ、伝統と学問の香りに満ちていた。
賑やかな空間の中で、ラズベリージュースやフィッシュ&チップスを味わいながら語り合った夜は忘れがたい。
●休日の過ごし方
土日は、TAさんが企画するロンドンやオックスフォードへの観光に参加した。(行きも帰りも大学が手配したバスだった)TAさんの活動は現地に行ってから案内されるため、事前に他の旅行を入れてしまうと重なってしまい、行けなくなってしまう点には注意が必要だ。
ロンドンでは、ビッグベンやバッキンガム宮殿などを巡り、歴史ある街並みに感動した。人混みの中では花の押し売りを見かけることもあり、受け取らないよう注意した。
オックスフォードもまた、ケンブリッジに似た落ち着いた学園都市で、どこか通じる雰囲気があった。
TAさんの企画のない週末には、友人3人と1泊2日でフランス旅行に出かけた。
ユーロスターの予約からホテルの手配まで自分たちで行い、移動や言語の壁に苦労しつつも、それが何よりの学びとなった。オペラ座やマルモッタン・モネ美術館、セーヌ川クルーズ(1日目)、ノートルダム大聖堂、モンマルトルの丘(2日目)──わずか2日間で数多くの名所を巡り、密度の濃い旅となった。時間管理の重要性を実感し、くれぐれもユーロスターに乗り遅れないようにしたい。オペラ座や大聖堂、美術館なども、行く時間が予測できるときはあらかじめ入館予約をしておくことで効率的に回ることができた。
別の日には、ロンドンでミュージカル「ウィキッド」を鑑賞し、アフタヌーンティーも楽しんだ。イギリス本場のミュージカルは演技も舞台演出も圧倒的で、英語が完全に理解できなくても、役者たちの表情と歌声から物語が伝わってきた。
●ケンブリッジの街の様子
寮の門を出ると、歴史を感じさせる石造りの街並みが広がり、点在するショップが学生や観光客で賑わっている。お土産店は寮から15分ほど歩いたキングスカレッジ前の通りに多くあり、到着早々、友人とケンブリッジ大学のロゴ入りパーカーを購入した。授業中にそれを着ている学生も多く、みんなでお揃いの写真を撮ったのも良い思い出だ。
帰国前にはマグカップやトートバッグなども購入した。街のあちこちにジェラート屋があり、放課後に食べ比べをするのも楽しみのひとつだった。
また、近所に「Cambridge Oven」というおいしいパン屋があり、特に気に入った。週末のロンドン行きの列車で食べるためによく購入した。円安の影響で物価は高めだったが、ここのパンは比較的お手頃で味も抜群だった。寮から駅までの道中にあるので、訪れる機会があればぜひ立ち寄ってほしい。
●プログラムを通じた学びと総括
ケンブリッジでの生活は、寮での共同生活を通じて多くの学びをもたらしてくれた。
困ったときには近くの友人やTAさんが支えてくれる一方で、異国の環境の中では自分で判断し、行動する力が求められた。日々のスケジュール管理や身の回りのことを計画的にこなすうちに、状況に応じて柔軟に動く力や、他者と協調して生活する姿勢が自然と身についた。その経験は、日本での生活とはまた違った意味での"自立"を実感させてくれた。
もちろん、英語力の向上も実感した。標識も授業も会話も見渡す限りすべて英語の環境に身を置くことで、自然と読む・聞く・話す・書く力が鍛えられていった。英語を伸ばす方法でこれに勝るものはないだろう。最初はたどたどしくても、日を追うごとに言葉が通じる喜びを感じるようになった。
また、グループでプレゼンを作り上げる経験は、異なる考え方を持つ人々と協働する難しさと楽しさを教えてくれた。分担し、助け合い、意見をすり合わせながら形にしていく過程で、言葉以上のコミュニケーションの大切さを学んだ。そして、みんなで分担したり、教え合ったりして、納得のいくものができたときには大きな達成感があった。「Contemporary Art」の授業を通して、多角的に芸術の本質に迫り、芸術を限られた人のものではなく、より多くの人が身近に感じられるよう社会へ共有する方法を探る貴重な学びとなった。学芸員資格の取得を目指す私にとっても、芸術の魅力を広く伝えるための具体的な視点を得て、新たな可能性に気づくきっかけにもなった。
世界屈指の名門校、ケンブリッジ大学で学ぶ機会があることは、普段通う大学以外の世界を見ることができる塾生の特権だ。優秀な海外の学生との交流を通し、彼らの思考に触れ、自身の知識や知見をさらにブラッシュアップし、さらなる高みへと自分を導くことに繋げられる。そんなチャンスに勇気をもって飛び込んでよかったと強く思う。そして、このような機会をつくってくださった国際センターの皆さま、熱心にご指導くださったケンブリッジ大学の教授やTAさん、共に学んだ仲間たち、そして背中を押して送り出してくれた家族に、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
